小朝&泰葉“陽気離婚”強調もポロリ
そもそも、なんで離婚するときに記者会見が必要だろか?
誰が離婚しようが、興味はなか。
でも、世間は興味津々なんだろうねぇ・・・。
どんなにうまい言葉を使っても
言葉の端々、表情に隠しきれんものが顔ば覗かせる。
誰もが納得せん言い訳に、納得した記者会見だった気がする。
そういえば、ここの家族は記者会見ば上手いこと利用したようで
利用しきれんことが多かねぇ・・・
小朝&泰葉“陽気離婚”強調もポロリ [ 11月14日 06時11分 ]
春風亭小朝と会見中に涙を流す泰葉
落語家の春風亭小朝(52)と元歌手でタレントの泰葉(46)が13日、東京・帝国ホテルで会見し、12日に離婚したことを発表した。泰葉は実弟の林家正蔵(44)林家いっ平(36)を同席させ、金屏風(びょうぶ)まで用意。結婚会見のような陽気さを自らプロデュースし、円満離婚をアピールした。小朝も泰葉の一方的な離婚の決断をかばったが、会見の最後に「夫婦愛はなかった」と告げられ、さすがにブチ切れそうになった。
泰葉が「いまも好き」と言えば、小朝も「楽しかった」と19年間の結婚生活を振り返った2人。まるで結婚会見のような発言と演出に、泰葉は「夫を精いっぱい支えた。だから金屏風の前に堂々と座れます。こうして弟たちも駆けつけてくれました」と胸を張った。
離婚を切り出したのは泰葉。亡き父、林家三平さん(享年54)の命日の9月20日に「別れてください」と言った。その時の心境を「父に申し訳ないという感じ」と泰葉。小朝は「えっ!?という感じ。奥さんのポジションから外してほしいと…。それならお手伝いさんを頼めばと言ったが、奥さんならすべてやりたいと。でも(自分のやりたい仕事と)両方はできない、考えは変わらないというので」と説明。突然の離婚の突き付けにも「(元タレントで)表に出たがりだったので19年間よく我慢してくれたと感謝しています」と思いやった。
泰葉は、今年はじめに知人の脚本家田渕久美子さんと事務所を開き「外に出て我慢してきた自分に気付いた」とキッパリ。「お化粧もせず、露出もせず、いいおかみさんだったと思う」と自画自賛した上で「女として楽しみがなく(夫を)サポートするのに疲れちゃった」と話した。
報道陣から「甘えてないか」との質問も飛んだが、小朝が「彼女は一からアイロンかけを覚えて頑張ってくれた」とフォロー。今後も同じマンションの別々の部屋で生活し、泰葉の事務所が軌道に乗るまで金銭的な援助をするという献身ぶり。「夫婦から援助交際になった」(小朝)と言い、会見場を笑いで和ませた。
金屏風に爆笑という前代未聞の離婚発表。弟たちまで連れ出した“泰葉プロデュース”の会見は、小朝のフォローにより無事終了のはずだった。しかし、最後の最後に泰葉が「夫婦愛?それがないからこうなったんじゃないのかな」と“失言”。小朝は顔を紅潮させ「今の何げない一言だけど…。あっそうなのって、ガッカリしちゃったなあ」とポツリ。
報道陣が「最後にきょうの会見をなぞかけで」と頼むと「う~ん…」と悩む小朝を尻目に、泰葉は「私がやります!この会見とかけまして泰葉と解きます。その心は“小朝(怖さ)知らず”」とやり、場内は大爆笑。落語家の夫をもはや立てることはなかった。
◆泰葉(やすは)本名海老名泰葉。1961年(昭36)1月17日、東京都台東区生まれ。都立芸術高音楽科を卒業後、81年に「フライデーチャイナタウン」で歌手デビュー。人気絶頂期に、結婚を機に芸能界引退。小朝のマネジメントやプロデュース業のかたわら、テレビ番組にも出演。趣味は映画観賞。
◆春風亭 小朝(しゅんぷうてい・こあさ)本名花岡宏行。1955年(昭30)3月6日、東京都北区生まれ。東京電機大付属高卒業後、70年に5代目春風亭柳朝に入門。76年、二つ目に昇進。80年、真打ちに昇進。36人抜きで話題となる。落語だけでなく、俳優やバラエティータレントとして幅広く活躍。血液型O。